トップ > 政策と活動 > 特集 > 福岡県西方沖地震 > 震災から半年余り 玄界島は今

政策と活動|特集

2005年11月19日

震災から半年余り 玄界島は今 仁比参院議員とともに調査

被害を受けた活魚水槽など漁港施設を調査する仁比議員(左端)ら=11月16日、玄界島

「住宅復旧 生活習慣を生かして

「島全体が一つの家族。今は、みんなが一丸となって復興にむけてがんばっている」。16日、被災調査に訪れた日本共産党の仁比聡平参院議員、田村貴昭衆院比例候補、宮本秀国福岡市議らに島民は力強く語りました。

玄界島は家屋214棟のうち全壊家屋が107棟、半壊が46棟を占め多くの島民が住居を失いました。現在、島内に100戸、本土側に100戸の仮設住宅が建設され、島内には364人、本土側に248人が分散して生活しています。

倒壊した家屋の多くは島の傾斜地に密集。現在、被災した土地や建物を行政が買収・除去し、公営住宅の建設や道路・公園などの公共基盤整備をおこなう「小規模住宅地区改良事業」によって復旧を進めることが決定しています。

同事業で建設される住宅は低層のエレベーター付き公営住宅やマンションなど。住民の関心や心配は漁業を主幹産業として町づくりが進められてきた玄界島のコミュニティーや生活様式が行政主導の事業計画にどれだけ反映されるかに集中しています。

「漁から帰ってきて、すぐに道具やカッパをおけるよう水まわりを玄関近くに設けてほしい」「作業場や倉庫などを置くスペースは設置できないのか」

都市型で企画された集合住宅群では、島民の生活習慣にはなじみません。また、「持ち家をなくしたお年寄りらが払いつづけられる家賃基準になるのか」「お年寄りが集える憩いの場を確保してほしい」などの声もあがっているといいます。

震災直後から継続して玄界島に足を運び住民と懇談を続けてきた仁比議員らは、「島のコミュニティーの維持を大切にし、漁業で暮らす島民の生活に適した間取りにするなど柔軟な対応を行政に求めていきたい」と話していました。

漁業の再開 施設修復の負担重く

一方、島民の収入を保障する漁業の再建も大きな問題です。震災で漁港は破壊され、活魚水槽など漁業関連施設もほとんど使用不能になりました。福岡市漁業共同組合玄界島支所の伊藤和義会長は、「施設の修復の4分の1は地元負担。この負担が重くて施設の修復できずに放置せざるをえない状態が続いている」と肩を落とします。本格的な漁の再開ができなければ、収入は得られません。しかし、そのための施設の修復もままならないというジレンマが島民の頭を痛めています。

2007年春には、県営住宅の入居がはじまり本土側の仮設住宅に入居している島民の帰島も開始される予定ですが、玄界島の本格的な復興は、まだ緒についたばかりです。

伊藤会長は復興のための力として繰り返し島の団結を強調します。「今はみんなが島全体のことを考えて支えあうことが必要です。もとの生活に一日も早く戻れるよう島民の心を一つにがんばっていきたい」

>>> 特集「福岡県西方沖地震」一覧へ
>>> 特集ページトップへ戻る

PageTop