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2007年12月議会
「日の丸」の議場掲揚を求める請願に対する日本共産党の反対討論
2007年12月19日 中山いくみ議員
私は日本共産党市議団を代表して、「19年請願第25号を採択し、請願第39号ないし46号については不採択とすべき」との議会運営委員長報告に反対し、討論を行います。
請願第25号は、「福岡市議会本会議場での国旗・市旗の掲揚を求める」として日本会議福岡から提出されました。本請願はその要旨で、1999年に強行可決された「国旗国歌法」を持ち出し、「同法成立以降国旗及び自治体の旗を議場正面に掲揚することが当然のこととして普及しつつあります。」等として本市の市議会議場にも正面に掲げることを求めております。
わが国の戦後の歴史においては、日の丸を国旗とし君が代を国歌とすることについて少なくない国民が抵抗感や反対の意思を持ってきました。とりわけ、日の丸については日本がアジア諸国に対する侵略戦争を行った際に、その旗印として使われたという問題があるからであります。日本軍が行くところ日の丸なびき、日の丸翻ると言われたように、日本軍が占領した土地には占領のしるしとして日の丸が掲げられ、まさに侵略戦争遂行のシンボルとなったのが日の丸でありました。その結果、2000万人以上のアジアの人々と300万人以上の日本国民が犠牲となったのであります。悲惨な戦争を体験された方々が、日の丸・君が代の存在さえ許しがたいという感情をもたれるのも無理もないことであります。
そのような中、日の丸を国旗とすることについて、国民の中では意見が大きく分かれているのに、1999年、当時の小渕内閣の下、国旗国歌法がわずか13時間の審議のみで、わが党等の反対を押し切り、数の力で強行採決されたのであります。しかし、当時の審議の過程において、小渕首相は多くの批判の声を受けて「国旗の掲揚に関し義務付けを行うことは考えていない」と答弁せざるを得なかったのであります。
ところが、今回、請願審査が行われた12月7日の議会運営委員会においては、わが党星野議員が各派代表に対して、日の丸についての歴史認識等を問うたにもかかわらず、これには答えないまま、国旗国歌法の存在のみを理由に、自民・公明・民主・みらいの賛成多数で日の丸の掲揚を求めた請願のみを採択し、これに反対する請願については不採択とするという暴挙を行ったのであります。しかもこの際、徹底審議を求める意見も無視されたのであります。
そもそも、国旗に対する国民一人ひとりの態度や信条については自由であるというのが日本国憲法の理念であります。市議会の議場は様々な思想・信条を持つ市民から選ばれた市議会議員の言論の場であり、反対意見がある中で国旗掲揚を強行するなどということは、民主主義を踏みにじる暴挙であります。しかも、これまで、本市議会においては議会運営の諸問題について、全会一致を原則とし、そのための努力が図られてきており、少数意見を多数の力で押し切るということは戒められてきたのであります。今回の請願は、議場への国旗掲揚を求めるものと、これに反対するものという真っ向から対立したものであり、その取扱については慎重に判断し、継続審議とすべきでした。たった2時間足らずの審議で一方の請願のみを多数で採択することなど到底認められることではなく、議会人として選択すべき道ではありませんでした。今回の議会運営委員会での請願の取扱は、本市議会の議会運営上のルールに照らして許されず、思想信条の自由を定めた日本国憲法に照らしても到底認められないものであり、これを認めれば、本市市政に大きな禍根を残すことになるのであります。
国旗国歌法の成立当時、アジアの有力紙は一斉に「日本の軍国主義の亡霊はなくなっていない、憂慮すべき右傾化の現象」等と報じました。しかしその後も、「あの戦争はアジア解放の戦争であり正しかった。」「侵略はなかった」等とする異常な歴史観を持つ勢力が存在しており、歴史の逆流に対してはわが国国民はもとより、アジアの近隣諸国から引き続き厳しい視線が向けられております。アジア諸国との玄関口に位置し、「平和都市宣言に関する決議」を揚げている本市議会は、誤った歴史観にもとづく国旗・国歌の押し付けを排除し、平和と民主主義を先進的に目指し実践する責務があるのではないでしょうか。そのことが、わが国とアジア諸国との真の友好関係を発展させる道であり、140万市民の願いであります。
従って日本共産党市議団は、今回請願の取扱について到底容認することはできず、断固反対するものであります。以上で反対討論を終わります。