政策と活動
「第10次福岡市基本計画」の素案等に対する提案
2024年6月21日 日本共産党福岡市議団
PDF版『「第10次福岡市基本計画」の素案等に対する提案』はこちら
福岡市は「第10次福岡市基本計画」(2025〜2034年度)を策定中です。
福岡市政の大もとの方向を定める計画を「総合計画」といい、めざすべき都市像などを示した「基本構想」、それにもとづいて10年ほどの長期の戦略をしめす「基本計画」、さらにそれを4年ほどの期間で具体化して実現するための「実施計画」から成っています。
今回はそのうちの「基本計画」についてです。現在の「第9次基本計画」が終わったので、次の新しいものを策定しています。
市長が素案をつくり、それを有識者や市民をまじえた市の総合計画審議会というところで審議して、市長に答申します。市長はその答申を尊重して「基本計画」案を作成して議会にはかり、議会はそれを審議し、議決します。
市政の10年間の長期的な方向性を決める大変重要な計画であり、日本共産党市議団として提言を行うものです。
1. 髙島市長でも受け入れ可能な提案:SDGsを正面にした計画を
わが党と髙島宗一郎市長との間には、大型開発最優先を見直すことなど政治的立場に大きな違いがあります。しかし、「基本計画」策定にあたっては、わが党はその違いを脇に置いて、「コロナ対応」「ジェンダー平等」「気候危機打開」についてはその緊急性・重大性にかんがみ、最優先で計画に盛り込むように求めるなど、髙島市長とも一致できることを考慮した建設的な提案を行なってきました。今回の提言にもこの立場を継承・発展させて臨みます。
わが党が主張してきた「コロナ対応」「ジェンダー平等」「気候危機打開」の基本点は、国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に含まれています。そして髙島市長は、「総合計画の着実な推進によって、SDGsの達成に向けて取り組んでいるところである」(2022年3月23日条例予算特)と述べているように、「基本計画」を含めた「総合計画」によってSDGsを達成することを明言しています。実際に、市長が提案した素案等(素案および素案修正案)にも、SDGsの目標との対応が掲げられました。
わが党もSDGsの達成をめざす立場であり、この点では髙島市長との間に共通した目標・土俵があることになります。
したがって、わが党は新たな「基本計画」が「SDGsを達成するために必要な具体的な道筋が示されているかどうか、単なる看板を掲げただけの“SDGsウォッシュ”(SDGsに取り組んでいるように見せかけて実態が伴わないごまかしをしていること)になってはいないか」という角度から市長の素案等をチェックし、必要な提言を行います。
2. “SDGsウォッシュ”と言われても仕方がない市長の素案等
SDGsには目標(ゴール)が17あります。例えば目標1は「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」です。しかし、これだけでは具体的ではありません。そこで、こうした目標を具体的に実現するための数値目標(ターゲット)が169設定されています。例えば目標1に対して「2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、全ての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる」など7つの数値目標があります。そしてターゲットをさらに具体化する指標(インディケーター)も示されています。SDGsはこれを国ごとに具体化し、さらに自治体・企業・団体ごとにさらに具体化していきます(地方目標化:ローカライズ)。例えばその地域における「相対的貧困率」などがこれにあたります1。問題は、こうした適切な地方目標化がほとんど行われていないことです。
国際連合地域開発センター(UNCRD)と有識者による編集員会が作成した「地方自治体達成評価2023」のレポート(『2030年までの道筋』)では「地方自治体における積極的な取り組みが、国全体あるいは世界全体の目標達成にどの程度貢献しているのかは、いまだ明らかになっていません」(p.7)「日本の地方自治体の評価に適した指標はありませんでした」「地方自治体が独自に指標を設定しているものもありますが、固有の課題や関心に着目したものが多く、世界全体のゴールやターゲットとの関係が不明瞭でした」(p.9)と厳しく批判されています。
つまり、SDGsは掲げているものの、本当にやっている施策がSDGsの目標達成に貢献できるのかがまったく見えない————まさにSDGsウォッシュが行われているのではないかという疑問だと言えます。
この点で福岡市はどうでしょうか。
6月13日の市議会でわが党が「2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、全ての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる」などのSDGsの数値目標は市長素案のどこに具体化されているのかとただしたところ、総務企画局長は「素案の施策1-1などに反映している」と答弁しました。
しかし、市長素案の「施策1-1」を見ると「多様な市民が輝くユニバーサル都市ふくおかの推進/誰もが思いやりをもち、年齢や性の違い、国籍、障がいの有無などに関わらず、すべての人にやさしいまちの実現を目指し、バリアフリーのまちづくり、人権教育・啓発、女性の活躍や多文化共生の推進などに取り組みます」としか書かれていません。福岡市で相対的貧困率が現在どれだけで、それをどこまで削減するか、などの地方目標化はまったく示されていないのです。それどころか、貧困を想起させる文言さえ、ここにはありません。
つまり、市が勝手に「SDGsと関連している」と言っているだけで、市の行った施策が実際に福岡市内で貧困をどれだけ削減したか、逆に増やしてしまったのではないか、などは何も結果を問われないようになっているのです。
このように「SDGsを具体化した・反映した」といいながら、その達成が数値との関係で具体的に問われないような髙島市長のやり方こそ、「SDGsウォッシュ」そのものであり、根本的に改められなければならないのではないでしょうか。
それどころか、これまでの「基本計画」にあった客観的な指標、例えば「下水道による浸水対策の達成率」「刑法犯認知件数」「再生可能エネルギーの設備導入量」などは一切消えてなくなり、かわりに「市民意識」という意識調査の結果だけに置き換わっています。例えば「『気軽に文化芸術やスポーツなどを楽しみことができ、心豊かに暮らせるまちづくり』が進んでいると思う市民の割合」「『オフィス、商業施設、公共交通などの都市機能が充実しているまちづくり』が進んでいると思う市民の割合」「『野菜や魚など、新鮮でおいしい農水産物を食べられるまちづくり』が進んでいると思う市民の割合」などといった具合です。
このような市民意識だけが数値的な目標として示されることになれば、市民生活の実態を改善することではなく、市民の意識を変えさせることに戦略的重点が置かれてしまうことになり、宣伝方法や見せ方ばかりを気にする誤った方向に市政を導きかねません。このような目標設定は不適切です。
市は「これからは幸福度やウェルビーイング(Well-being:心身・社会的な健康)が重要だから、主観的な指標こそ必要だ」と主張するかもしれませんが、主観的な指標だけで基本計画を組み立てている政令市はありません。(下図 2)また、素案等では主観的指標を実現するための具体的な政策の道筋(ロジックモデル)も全く明らかにされていません。SDGsのような客観的な指標を用いれば、具体的な政策効果を問われ、予算や人員を配置しなければならなくなってしまうため、それを避けたと言われても仕方がありません。
そもそも市側の報告書でも「主観的評価尺度を用いる場合、質問項目の順序やその時々の被験者の気分などが測定値に与える影響に注意する必要がある」3と述べられているように、主観的指標はいまだ成熟したものとは言い難いのです。
1 『地方自治体 SDGs 達成度評価 2023』(同編集委員会・UNCRD)より。
2 公益財団法人福岡アジア都市研究所(URC)『2023年度総合研究報告書 ウェルビーイング 新たな都市 の評価に関する研究 II』p.12
3 URC『2022年度総合研究報告書 ウェルビーイング 新たな都市の評価に関する研究』P.30
3. 素案等の「目標1」について
素案等の目標1は「一人ひとりが心豊かに暮らし、自分らしく輝いている」ですが、何を目指している目標なのかが抽象的でわかりにくくなっています。「めざす姿」に書かれていることから判断すれば、性・国籍・障害・年齢・健康状態などがちがっても排除されずに多様性と個人の尊厳が保障されることを目標にするようですが、個別の目標としてはあまりにも広すぎます。しかもそこに「文化芸術やスポーツなどを楽しむ」ことが入ってくるために、さらにわかりにくくなっています。
SDGsの目標にそって、「貧困や格差をなくして生活を向上させる」「ジェンダー平等など多様性のある社会にする」「安心できる保健・医療・福祉を実現する」という3つの分野の目標に分解すべきです。
「貧困や格差をなくして生活を向上させる」という点では、SDGsの数値目標「1.2 2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、全ての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる」「10.1 2030年までに、各国の所得下位40%の所得成長率について、国内平均を上回る数値を漸進的に達成し、持続させる」を地方目標化し、「福岡市の相対的貧困率を半減する」「所得下位の40%にあたる年収300万円未満の世帯の割合を半減する」ことを提起します。
貧困をなくすことは、SDGsの目標のトップに来ていることからもわかる通り、最も基本的な目標です。福岡市は市が「低額所得世帯」と位置づける4年収300万円未満の世帯が全体の42%、貧困の目安5である200万円未満は全体の23%で、これは政令市の中でもワーストクラスに多い割合であり6、さいたま市の倍にあたります。福岡市の高齢世帯では6割7、単身世帯でもやはり6割8が低所得世帯に該当し、深刻な都市問題と言えます。
しかも、第9次基本計画が始まった2013年には一人当たりの市民所得は年339.7万円から298.5万円(2020年)へと大幅に落ち込んでいます。
「ジェンダー平等など多様性のある社会にする」という点では、SDGsの指標「5.5.1a 地方議会において女性が占める議席の割合」「5.5.2 管理職に占める女性の割合」を地方目標化し、「福岡市議会において女性が占める議席の割合を50%にする」「福岡市役所・企業の管理職に占める女性の割合を50%にする」を提起します。
福岡市議会議員のうち女性は62議席中14人で22%、福岡市の企業における女性管理職比率(課長以上、役員のぞく)は11%9、市役所における女性管理職比率は19%(24年4月)ほどしかありません。
「安心できる保健・医療・福祉を実現する」という点では、SDGsの指標「3.8.1 必要不可欠な保健サービスによってカバーされる対象人口の割合」「3.8.2 家計の支出又は所得に占める健康関連支出が大きい人口の割合」を地方目標化し、「保健所あたりの対象人口数を削減する」「感染症において医療機関に入院できない人の数を半減させる」「医療における保険料・窓口負担などの家計の負担割合を半減させる」を提起します。
新型コロナウイルス感染症は2020年2月20日から23年5月7日までの間に市内で52万人が感染し、770人もの人が亡くなりました10。感染者が急増して医療機関がパンクし、自宅や介護施設で待機させられる事例が後をたちませんでした。まさに、コロナは医療・保健体制の脆弱性を浮き彫りにしたのです。
このような中で、福岡市は7か所あった保健所を1か所に統廃合するという暴挙を行いました。保健所が管轄する対象人口は22万人に1か所から160万人に1か所となってしまいました。
国民健康保険料について市長は新年度、医療分と後期高齢者医療支援分は据え置くとしているものの、40歳から64歳までが負担する介護分については引き上げ、史上最高額の負担を押しつけようとしています。介護保険料についても、第9期介護保険事業計画において、基準額を年間8894円も引き上げ、やはり8万円を大幅に超える史上最高額にしようとしています。いま市民は激しい物価高騰に苦しんでいますが、他方で家計の所得に占める税と社会保険料の負担の割合は2023年9月時点で28%と過去最高水準になっており11、とりわけ若年層に重くのしかかっております。そのような中で、市長が新年度、歴史上一番高い額へと国保および介護保険料を引き上げるなど、到底許されません。
4 「福岡市住生活基本計画」2016年、p.11
5 厚生労働省は年収192万円未満の人々を「一般的にワーキングプアに含まれる者」としたことがある。
6 2018年住宅・土地統計調査より。
7 「福岡市高齢者居住安定確保計画(2018〜2025年度)」p.8
8 同前
9 『福岡市男女共同参画年次報告書(令和3年度事業実績)』p.76
10福岡市ホームページ「福岡市での発生状況 <新型コロナウイルス感染症>」
112024年3月19日付「日経」
4. 素案等の「目標2」について
素案等の目標2は「すべての子ども・若者が夢を描きながら健やかに成長している」で、これは子どもの分野の目標であることがわかりやすくなっています。しかし、「市民意識」の指標を見ると「『子どもを望む人が、出産・子育てしやすいまちづくり』が進んでいると思う市民の割合」「『子どもや若者が心身ともに健やかで、学び、成長できるまちづくり』が進んでいると思う市民の割合」となっています。何よりも大人の目線だけで、子ども自身から出発し、子どもを真ん中においた政策になっていません。
「こども家庭庁」は「こどもの意見を聴き、その意見を尊重し、こどもや若者にとってよいことは何かを考え、自分ができるアクションを実践していく」という「こどもまんなかアクション」を推進していますが12、目標2においてもその視点をつらぬく必要があります。同時に、それがSDGsに沿ったものになる政策・戦略を設計すべきです。
公益財団日本財団が「こども1万人意識調査」という10歳から18歳までの子どもを対象にした国内最大規模の意識調査を2023年9月に報告書として発表しました。13
その中で、「こどもたちが国や社会に望むこと」として、そのトップに「教育費の無償化」がきています(上図)。また同様に「今や将来の生活を良くするために、世の中のどんなことを変えるべきだと思いますか」という問いには「経済的な支援」がトップにきています。
SDGsの数値目標4.1では「2030年までに、全ての子供が男女の区別なく、適切かつ効果的な学習成果をもたらす、無償かつ公正で質の高い初等教育及び中等教育を修了できるようにする」とされ、4.3では「2030年までに、全ての人々が男女の区別なく、手の届く質の高い技術教育・職業教育及び大学を含む高等教育への平等なアクセスを得られるようにする」とされています。
これを地方目標化する場合、福岡市の小学生・中学生・高校生の私費負担の割合を大幅に減らす目標を掲げるべきです。
また、経済的理由で大学などの高等教育を断念した人や、進学できても学費のための借金に苦しむ人が数多くいます。おおよそ大学生の2人に1人が借金を背負っており、その額の平均は300万円とされています。高校生の時に将来返せるかどうかもわからない数百万円規模の借金を負わせることが常態化しており、契約のあり方としても異常というほかありません。「大学を含む高等教育への平等なアクセス」のために、奨学金の借金を背負っている人の数、その額などを指標化し、減らしていくことをめざすべきです。
子どもではなく保護者に質問をした福岡市の「子ども・子育て支援に関するニーズ調査」(2018年)でも「行政への要望」として「子育てにかかる費用負担を軽減してほしい」が75%で圧倒的トップであり、「理想より実際の子ども数が少ない理由」として「子どもを育てるのにお金がかかるから」が50%でトップです。つまり、市として責任を果たす上では、まさに教育費の負担軽減を行うことが子どもたちの願いにもそい、保護者たちの願いにもかない、ひいては少子化対策にもなると言えます。
そもそも日本財団の「1万人意識調査」に匹敵する福岡市内の子どもたちへの調査は存在しません。また福岡市内の客観的な教育費負担の現状などもまともな統計がありません。これらの調査を市として行った上で目標を設定すべきです。
5. 素案等の「目標3」について
素案等の「目標3」は「地域の人々がつながり、支え合い、安全・安心に暮らしている」というものです。ここでも一つの目標の中に、地域福祉、防災、防犯、交通安全、住環境などの課題が混在しており、目標の設定としては広すぎます。これは「地域の人々がつながり、支え合い」とあるように、これらの課題を自助・共助という名で公的な責任を回避し、自己責任を押しつけようとしていることから来ています。それぞれ、公的な責任を明確にして、福祉・防災・防犯・交通安全・住環境・平和に分けるべきです。
福祉についてはすでに述べたとおりです。
防災については、「災害によって犠牲になる人を大幅に減らす」ことを目標にします。SDGsのターゲットでは、2015年に仙台市で開かれた「第3回国連防災世界会議」で決められた国際的な防災枠組(仙台防災枠組み2015-2030)の実現が随所に掲げられています。同枠組みでは「2030年までに地球規模での災害死者数を実質的に減らす。2005年から2015年までと比べ、2020年から2030年には10万人当たりの死者の減少を目指す」とあります。この年次の全国的な10万人あたりの死者数は5.22人14なので、福岡市としてもその半減をめざします。
福岡市では、耐震基準を満たしていない・不明の住宅が10万戸残され15、避難所でも段ボールベッド・トイレ・食料・水などの公的備蓄が不足しています。16そうした中で多くの災害死や関連死が起きる危険性は決して小さくありません。
防犯についてはSDGsの数値目標「16.1 あらゆる場所において、全ての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」をそのまま地方目標化します。2023年の福岡市内の凶悪犯・粗暴犯の合計は1196件でした。17
交通安全については「交通事故で亡くなる人を半減させる」ことを目標に、SDGsの指標「3.6.1 道路交通事故による死亡率」を生かし、「第11次福岡市交通安全計画」(死者数11人以下、2025年度が期限)を地方目標化し、半減をめざします。2023年の福岡市の死者は25人でした。17
住環境については、「すべての人が健康で文化的な最低限度の住宅で生活できるようにする」という目標をかかげます。SDGsの指標では「スラム、非正規の居住や不適切な住宅に居住する都市人口の割合」を示しており、それに基づいて作られた「地方自治体SDGs達成度評価2023」では「最低居住水準(単身25㎡)未満の住宅に住む人口の割合」を地方目標化しています。また、2020年の福岡市資料では福岡市の高家賃負担率(その地域において最も家賃負担率が高い階層である民間賃貸住宅に居住する年収200万円未満世帯の平均家賃負担率)を36.7%としています。いずれもその該当人口の半減をめざします。
平和については、SDGsの目標16「持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する」を生かして本市の「アジア太平洋都市宣言」を生かして「アジア太平洋のすべての人々とともにお互いの健康と平和を守ろう」を目標にします。そしてSDGsの指標16.1.1「10万人あたりの紛争関連の死者数」をゼロにすることを地方目標化し、沖縄県や静岡市のように自治体としての地域外交基本方針の策定を行います。
14仙台市版 仙台防災枠組み中間評価の概要 データ編(令和5年3月)
15「福岡市耐震改修促進計画」(2021年改訂)p.7
162024年3月7日 堀内徹夫市議(日本共産党)の補足質疑および答弁より。
6. 素案等の「目標4」について
素案等の「目標4」は「人と自然が共生し、身近に潤いと安らぎが感じられる」というものです。これは環境分野の目標ですが、ここにこそ福岡市がすでに「福岡市地球温暖化対策実行計画」で設定した「2040年度温室効果ガス排出量実質ゼロ」を正面から提起し、基本計画の終了年度の2034年度に相当する中間目標を掲げるべきです(素案等では「施策」の中で2040年度の実質ゼロについて触れられているだけです)。
なぜなら、国連などにより設立された「気候変動に関する政府間パネル」が作成した「1.5℃特別報告書」では1.5℃以内に変化を抑えるためには、社会・経済システムの「前例のないシステム移行」が必要だとされており、この目標の達成には「オール福岡市」での取り組みが不可欠だからです。
7. 素案等の「目標5〜8」について
素案等の「目標5〜8」については経済分野の中身が並んでいます。しかし、これは明らかに比重が高すぎます。これまで述べてきた市民の生活分野に目標を分解し、経済分野の目標を絞り込むべきです。
素案等の「目標5〜8」の中身については、髙島市長の掲げる「都市の成長」政策に沿った中身が展開されており、SDGsとの数値目標はここでも地方目標化されていません。経済分野の目標は、市内事業所の99%を占める中小企業、同じく64%を占める小規模企業者、農林業の振興を中心にしたものに改めるべきです。
経済全体については「地元の中小企業・小規模事業者・農林水産業者などが元気に活躍できる」ことを目標に、SDGsにおける数値目標「8.1 各国の状況に応じて、一人当たり経済成長率を持続させる」を地方目標化し、「一人当たりの市内総生産の引き上げ」をめざします。また、同様に中小企業振興条例に基づき、市の公共調達における地場中小企業、小規模企業者への発注率を目標に掲げます。
現在市民1人あたりの市内総生産は、前計画の開始(2013年度)には473万円でしたが、最新(2020年度)では458万円と下がっています。また、市の地場中小企業・小規模企業者への発注率は統計さえとられていません。20
農林水産業については、SDGsにおける数値目標「2.3 2030年までに、土地、その他の生産資源や、投入財、知識、金融サービス、市場及び高付加価値化や非農業雇用の機会への確実かつ平等なアクセスの確保などを通じて、女性、先住民、家族農家、牧畜民及び漁業者をはじめとする小規模食料生産者の農業生産性及び所得を倍増させる」を、福岡市農林業総合計画も踏まえ「専業農家の一戸あたりの平均農業所得および沿岸漁業の一戸あたりの平均漁労所得の倍増」として地方目標化します。
専業農家の一戸あたりの平均農業所得は2014年には294万円、2020年には337万円、平均漁労所得は2015年には243万円、2020年には222万円になっています。21
20「地場への発注率」「中小企業への発注率」は統計があるが、それをクロスさせた統計はない。小規模 企業者については全く統計がない。
8. 素案等の空間構成目標などについて
市長の素案等には「空間構成目標」「都市空間構想図」が提示され、「主要な拠点」が「都市軸」などで結ばれ「交通体系の方向性」が示されています。「交通体系の方向性」には現計画にない「『都心部』、『魅力・活動創造拠点』、『広域拠点』、『地域拠点』などをつなぐ交通ネットワークの充実・強化を図ります」という項目が新たに挿入されました。
2024年6月議会の福祉都市委員会ではこうした「拠点」を結ぶ鉄軌道などの試算が示されました。市長の素案等がこうした公共事業を念頭においていることは明らかです。試算によれば多いものは1000年単位の償還が必要になるとされています。どの路線建設も莫大な費用がかかるのに効果が乏しいことは委員会審議でも明らかになっており、博多駅と空港を結ぶ地下鉄延伸や、博多駅とウォーターフロントを結ぶロープウエーなど、市民の批判が強くて断念してきたこうしたムダづかいの方向を基本計画に盛り込むことは、やめるべきです。
それよりも、SDGsの数値目標「11.2 2030年までに、脆弱な立場にある人々、女性、子供、障害者及び高齢者のニーズに特に配慮し、公共交通機関の拡大などを通じた交通の安全性改善により、全ての人々に、安全かつ安価で容易に利用できる、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供する」を具体化し、公共交通空白地等での生活の足の確保をめざすべきです。素案等には「公共交通事業者などと連携し、生活圏において、日常生活を支える生活交通の確保を図ります」(p.34)とありますが、この表現は現計画にもあり「生活の質の向上」の柱として位置付けられていましたが、今回はそうした位置付けをはずされました。西鉄バスなどの事業者の責任による路線維持や市によるコミュニティバスの運行などを含めた住民の生活の足の確保の位置付けを抜本的に高めるべきです。
9. SDGsと目標年限、他のプランとの関係について
(1)SDGsと目標年限について
「SDGsは2030年までの目標なので基本計画の目標期限とは合致しない」という意見もあります。
しかし、第一に、そもそもSDGsは2030年においても達成困難だとされており22、見てきたように福岡市では市にあわせた地方目標化づくりさえされていません。市内の相対的貧困率のデータさえとっていない自治体が「SDGsはもう過去のもの」とその目標達成をかなぐり捨てるなど許されるものではありません。国連においても“SDGsの追求を廃止する”、あるいは、“他の新たな目標で代替する”などが決まったという事実はありません。
第二に、そもそも市長自身が提案した素案等にはSDGsの目標が掲げられており、新計画にSDGsは関係ないという言明は、もし市長がそのように主張した場合、市長自身の態度と矛盾することになります。
したがって、新計画でもSDGsを正面から追求すべきであり、もし国連が今後新たな目標を打ち出した場合には、その時に修正をすべきではないでしょうか。
(2)他のプランとの関係について
また、6月13日の市議会で総務企画局長は「客観的なデータ等については、政策推進プランに位置づけ、基本計画と政策推進プランを一体的に推進する」と答弁し、基本計画へのSDGsを具体化した数値目標の掲載を拒否しました。
しかし、「一体的に推進する」といいながら、市長が提示した素案には、政策推進プランに新たにどう記載されるのか「一体的」に示されておらず、これでは判断のしようがありません。
さらに、現行の政策推進プラン(第9次福岡市基本計画 第3次実施計画)には、福岡市の貧困率の現況・削減目標などはありません。「企業における女性管理職の割合」の目標はありますが、その中身は「2020年度に15%」であり、SDGsがめざしている男女同数とは大きくかけ離れています。このようにプランには数値目標がたくさん書かれているものの、SDGsを地方目標化したと思えるものはほとんどないというのが現状です。
10. 真の「地域循環型経済」の実現のために
以上は、髙島市政とは立場が違っても、SDGsを共通の土俵にして受け入れられることのできる形で、素案等の改善方向の中身を提起したものです。
髙島市政がSDGsを本当の意味で基軸に据えた新たな計画を提起できないのは、これまでの現行の総合計画および第9次基本計画についての根本的な反省がないからです。
髙島市政の基本戦略「生活の質の向上と都市の成長の好循環」に基づいて前期計画が実行されました。この基本戦略は新計画の素案等にも引き継がれています。その結果はどうだったでしょうか。
市内大企業(資本金10億円以上)の内部留保(利益剰余金)は2015年度の1兆1725億円から2022年度2兆2343億円と倍増する一方で23、2013年度の一人当たりの市民所得は339万円から2020年度298万円(コロナ直前の2019年度でも338万円)に減ってしまいました。24
「生活の質の向上と都市の成長の好循環」は事実上のトリクルダウン=大企業の応援政治でしかなく、破綻が明らかとなりました。ゆえにこの基本戦略は根本的に見直されなければなりません。
市内経済7.3兆円の50%は家計消費が占めています25。また、前述の通り市内事業所の99%、従業員数の84%を中小企業が占めています26。家計や中小企業を応援してこそ、地域経済を活性化させることができます。
日本共産党はこれまで外部からの呼び込み頼みではなく、地域内でのヒト・モノ・カネを循環させ地域経済を発展させる「地域循環型経済」への転換を訴えてきました。今ヨーロッパではさらに地産地消やエネルギーなど自然資源を地域で循環させ持続可能な社会を創造するという視点を加え、「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」「サーキュラーシティ(循環型都市)」という実践が広がっています。
SDGsは、一言で言えば「貧困をなくす」「続かない世界から続く世界に変える」ための目標(岩波新書『SDGs 危機の時代の羅針盤』の共著者、稲場雅紀)だと言われており27、まさにこのような経済のあり方を目指すものです。福岡市でも、SDGsを正面から実現することを掲げ、持続可能な社会をつくりつつ、市民の暮らしや地元中小業者を応援する真の地域循環型経済への転換をめざすべきです。
23有価証券報告書をもとにした福岡市議会事務局調査法制課作成資料より。
24福岡市市民経済計算より作成。
25同前。
26福岡市経済観光文化局「福岡市経済の概況」2024年より。
27「議会と自治体」2021年5月号p.6
11. 「基本構想」の発想に根本的な問題:公的責任を明確に
さらに、その大もとには「基本計画」の上位にある「基本構想」の発想に根本的な問題があります。現在の「基本構想」は髙島市政が策定したものですが、「自律した市民が支え合い心豊かに生きる都市」という「基本構想」のトップの都市像にもとづいて計画目標が定められています。
「自律」は本来「自己決定」につながる言葉ですが、それを成り立たせるためには、その状態を支える条件なしには実現できません。例えば、老後に自分らしい暮らしを自分の意思にもとづいて選び取っていくには、十分な年金や医療・介護の環境がなければ不可能です。これらの条件は公的に整備されるべきものです。市民の自己決定を支える公の責任を果たすことを抜きに「自律」だけを目標にすれば、それは責任を全て個人に押しつける「自己責任」論になります。
また、「支え合い」は「困っている人を助けたい」「泣いている子どもを見捨てておけない」など社会的動物である人間が自然に発露しうる行為ですが、現代社会では「支え合い」だけで生きていくことはできません。例えば、国や自治体が堤防の整備を怠ったり、山林を切り崩す乱開発を放置したりしていたら、いくら近所で「支え合い」をしても、地域を丸ごと飲み込んでしまうような災害に立ち向かうことは不可能だからです。
さらに「心豊かに」という点も、「GDPの上昇が幸福感や生活満足度に結びついていない」28などと “経済的な豊かさは実現されたが、心の豊かさが実現されていない”という主張として一部のウェルビーイングの議論の中で強調されています。しかし、依然として前述の通り福岡市民の4割が低所得、2割が貧困の中に放置され、福岡県の常用労働者の年間労働時間が1700時間を超えドイツの1349時間、スウェーデンの1444時間にはるかに及びません29。経済成長の果実が公正に分配されていないという「不適切な政治」の結果、生活の豊かさが実現できていないのです。
結局、髙島市政が描く都市像に共通しているのは、そこに公的な責任が抜け落ちていることです。その結果、「自助・共助」の一面的な強調、心の豊かさを意識の問題へすり替えるごまかしに陥っています。素案等にある「5 計画推進にあたっての基本的な考え方」における「共創・共働」も同じです。行政と市民が対等なのは当たり前であり、そこでは公的な責任があいまいにされています。
このように、特定の偏った市民イメージを押し付けるのではなく、憲法の価値やSDGsの目標が達成できるような生活を、市の責任のもとでどう実現していくかという形に総合計画の根本を改める必要があります。
28URC『ウェルビーイング 新たな都市の評価に関する研究』p.22
29URC『「第3極」の都市2023』および「毎月勤労統計調査地方調査年報」(福岡県企画・地域振興部調査 統計課)
12. 多くの市民参加で練り上げを
総合計画審議会の議論の進め方は、多くの委員が参加しているものの、全体に十分な時間や会合の回数がとられていないため、「1人発言は4分まで」「公平を期するために資料配布は1週間前に申請し、A4で1枚だけ」など信じがたいルールで運営されています。福岡市の今後10年間を決める重要な計画がこんな粗雑な形の審議で進められていいのでしょうか。
前述の通り、計画策定に必要な調査や市独自の指標も準備されていません。
多くの市民が参加し、豊富な資料をもとに、十分な時間をとって審議されるよう抜本的な運営の改善を求めます。
以上
PDF版『「第10次福岡市基本計画」の素案等に対する提案』はこちら